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山履歴

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『凍』 沢木耕太郎 著  


沢木耕太郎 著
2005年刊



結構、はまりました。
引き込まれました。

いままで読んだ山の本の中で、おもしろかった度は結構うえのほうです。



山野井泰史・妙子が、
2002年、ヒマラヤの難峰、ギャチュンカンに挑んだ記録、ノンフィクション。

ものすごーくレベルが高い話のようですw

8000m峰14座制覇や、7大陸最高峰制覇に、興味のない山野井氏。
では、なにに興味があるのか?





『美しいラインを描いて登る』





p30.
自分が登ることで壁に1本のラインが引かれる。
山野井にとっては、そのラインの美しさが何より大事なことであり、ギャチュンカンはまさにそうしたラインを引ける山のようだった。



かっこいい。

美学です。



内容は、壮絶です。

絶望的状況のなか、奇跡の登山行です。二人でなければ命はなかったでしょう。

美学をしっかりもった人間の生き様を感じられる内容です。






<山野井 泰史>
(やまのい やすし、1965年生) 、東京都出身
●1994年、チョ・オーユー南西壁(新ルート開拓。8000m峰をバリエーションルートからアルパインスタイルのソロで登頂、世界で4人目)
●2002年、ギャチュン・カン(エベレストと世界6番目に高いチョ・オーユーの間にある難峰7952m)北壁の登攀。その後、嵐と雪崩に巻き込まれるが、ベースキャンプまで驚異的な生還を果たす。凍傷により重症、泰史は左足5本・右手2本・左手3本だけに、妙子は左足2本だけに。
●2008年、自宅近くの奥多摩湖倉戸山登山道付近をジョギング中に熊に襲われ、顔などに重傷、右腕20針、顔面70針を縫う。

その後、いまは復帰、活動再開のようです↓
山野井通信、おもしろい
http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi4.htm



※主要登山史
●1953年、エベレスト初登頂、イギリス隊ヒラリーとテンジン
●1985年、7大陸最高峰登頂、ディック・バス(米)
●1986年、8000m級14座登頂(無酸素)、ラインホルト・メスナー(伊)

 
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