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山履歴

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『マッターホルン北壁』 小西政継 著  

 


『マッターホルン北壁』
(日本人冬季初登攀)
小西政継 著

2000年3月発行 山と渓谷社刊
(1968年2月発行の再出版)






なんかねー、
かっこいい。


かっこつけてないのに、かっこいい。


この攻撃的なスタイル、かっこいい。



そして、こんな攻撃的なのに、山に感謝の念を忘れないのがまたいい。

わかりやすく、自然で、受け入れられやすい考え方なので、リーダー的存在ってのも、うなずける。





小西政継

垂直が苦手な植村直己に岩登りの特訓をほどこし、グランドジョラス山頂まで植村を引っ張り挙げた人物。

野口健が、前にすると恐縮しすぎて意味なく謝ってしまうくらいの人物。


日本の登山界に大きな影響を与えた一人。




1938年生。アルプス3大北壁のうち2つの冬季日本人初登頂を成し遂げる(1967年マッターホルン北壁冬季第3登、1971年グランドジョラス北壁冬季第3登)。1996年マナスル登頂後、行方不明。






この本は、当時の日本の登山界に大きな影響を与えたようです。

マッターホルン北壁の話を通して、
アルピニストとして、●困難性の追求、●世界基準の必要性について強く語っています。

なにがすごいか。
登攀内容・レベルの高さ、未来への示唆、それらをしっかり文章化したこと、そして強烈な個性。

そして、小西政継は日本の登山界をリードしていくのでした。






気になるくだり

p134:垂直と烈風と寒気の北壁には生命もなければ匂いもない。ただあるのは冷厳な岩と氷だけだった。この中で小さな三つの生命が懸命に動いているのである。

p141.僕の北壁登攀の頂点は、北壁を抜けきって絶頂に立った時でもなければ、無事谷間に生還した時でもない。まさにこの瞬間だったのである…明日、頂上まであと400mの登攀は、歓喜へのアプローチとなるだろう。

p145.・・・山へなぜ登るのかとか、アルピニズムの固苦しい理論めいたことは、まだ一度も考えたことがない。・・・山とは金では絶対に買うことのできない偉大な体験と、一人の筋金入りの素晴らしい人間を作るところだ。未知なる山との厳しい試練の積み重ねの中で、人間は勇気、忍耐、不屈の精神力、強靭な肉体を鍛えあげてゆくのである。登山とはただこれだけで僕には充分である。

p150.今、僕は絶頂にたたずんでいるというのに、勝ちとった勝利の喜びとか、感動などというものは不思議とわきあがってこなかった。・・・ただ、僕の心には長い間苦しみぬいた緊張感が少しずつ解きほぐれてゆくのを感じ、一つの大いなる荒仕事をなし終えることのできた充実感がただよっているだけであった。

p154.あれほど酷いしうちを受けた北壁でも、僕の心は山に対して感謝の念でいっぱいだった。僕の胸の中から二度と消えることのない冬の大北壁での冒険は、これからの長い人生における新しい出発点ともなるだろう。

p195.たとえ目標の山々の高度はどうであれ、登頂されていようが、第二登、三登であれ、頂に達するまでの内容がわれわれのアルピニズムを満足させてくれるものであるならばよいということである。容易な初登頂より困難な第二登のほうが、われわれにとってどんなに魅力的なことであろうか。

p217.まだまだ日本登山界にはやらねばならぬ未知なるものが山積しているではないか。3大北壁の登攀が終われば当然のこととして冬のアルプスそしてヒマラヤ、アンデス、アラスカの難峰へ、更に発展して8000m峰へのバリエーション・ルートへと大きな課題が残っているのである。

p217.日本登山界がこれからより困難を目指す時代へ発展してゆく最も重要なことは、日本のアルピニスト自身が国際的な大きな視野をもつことと、海外遠征に対する根本の組織的な問題の解決であろう。・・・ヨーロッパの金のある無しにかかわらず実力主義で厳選してゆく遠征と、・・・日本の実力のある無しにかかわらず大きな組織の力で選ばれる遠征

p219.自分の成しとげた一つの登攀を日本登山界の中のみで価値づけるのではなく、もう一歩前進して世界の登山界の中にあてはめてみることだ。・・・どれだけの価値のものであるかはっきりすることであろう。
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